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 ここら辺で、本来、農業に役立つ技術開発者である私が、札幌で人気の料理屋さんのオーナー氏を口説くに至った経緯を書いておく必要があるだろう。当時私は、札幌の羊ヶ丘に拠点を構える国の農業試験場の企画部門に在籍していた。前述したが、前任地での農家を相手に四つに組んだ技術開発(私の場合は、インターネットと接続する携帯電話機を用いた農作業日記システムを開発していた)の重要な場面では、当然、ユーザーであり、往々にして酒豪の篤農家、若手農家と膝を交えての技術談義、農業談義は、開発する技術の実用性を占う重要な要素となる。当然、呑む、ひたすら呑む。私は左党の人であるからして、私は幸せだった。しかし、今は違う。毎日慣れないネクタイ生活で、PC相手にそつない文書を書いたり、偉い人々のエスコートをする生活である。「そろそろ風に吹かれて旅にでも出ようか・・・」などと物騒なことを考えていたところに、東京(正確には茨城県つくば市)から一風変わった人物が上司としてやって来た。この人が私を緑提灯の世界に誘った張本人、丸山清明氏である。初対面は忘れもしない、オフィスのあったフロアの男性用トイレの小用便器の前、氏が用を足しているところに私が駆け込んでいった。「北海道の冬は寒いね、おらっちの官舎は壁が凍るそうだよ」が最初の丸山氏からの一言である。「おらっち・・・」って東京じゃなかったの?などと用を足しながら考えたことを今も鮮明に覚えている。考えてみれば、それが彼の技なのだろう。意表を突く一言を投げて相手の思考を混乱させ、掌に乗せてしまう。それ以前に丸山氏を遠望した場面が、霞ヶ関の農林水産省別館で行われたVR(ヴァーチャルリアリティ:仮想現実)技術の研究会だっただけに、壇上で挨拶する姿と、隣で用を足すハーフコートの後ろ姿が妙にちぐはぐで、一種VR的だった。これもまた人の縁の不思議さと言うべきかも知れない。

 その縁に引きずられるように、私は暫くズルズルと仕事(もちろん呑むことも忘れなかったが・・・)をしていた。丸山氏は私の勤務していた北海道農業研究センターの副所長で、「私の部屋はいつでも開いている。話をしにきませんか。」が口癖だった。風の便りによれば、有名な稲の育種家で、大の飲兵衛でもあると聞く。時期に関しては余りに多くて判然としないが、同僚と共に丸山氏本人が告白された「凍る壁」の官舎にもお邪魔しては、美味しい料理とお酒を恵んで頂いていた。そうこうして半年経ち、丸山氏が所長になって暫くしたある日、デスクでいつもの様に急ぎの文章作りに忙殺されていた私に、廊下を挟んだ所長室から呼び出しの電話があった。そして、あの不思議な講演資料を見せられることになるのである。私が友人のレストランオーナーを口説きに行く約1週間前、札幌に春の気配が差し始めた2005年4月の上旬のことである。

 

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