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* 本稿は、2009年4月1日(社)家の光協会刊「緑提灯でいっぱい」の「第1章.広がる緑の提灯」(生活者のための食の安心協議会代表理事 横山和成著)用の下原稿に一部加筆・修正したものです。

 

  一. 居心地の良い店

 私は自他共に認める左党の人である。左党と言っても、紅い旗を振り回す人種のことではなく、酒と肴をこよなく愛す飲兵衛のこと、時間と健康、それから懐具合の許す限り、呑む。ひたすら呑む。ちょっと破れかけた赤い提灯と古びた縄のれん、あるいは時代ののった藍染めの暖簾をちょいくぐればそこは光り輝く至福の空間。いやいや贅沢は申しません。・・・が、奥に小粋な女将とくれば、日頃の憂さも、今日の上司の小言すらも一服の甘露、人生の彩りに変わると言うものだ。その私が、目印にする提灯の色がここ数年で赤から緑に変わってきた。今夜も、熱燗をなみなみと満たしたお猪口に吸い付きながら、目尻でお店の玄関に目をやると、おぼろに光る緑の灯火が筑波山おろしの風に揺れている。店の中は、狭いながら数組の酔客の或いは激論に、或いはのろけ話に湧いている。この瞬間が堪らない。ここは緑提灯、地場産品応援の店。全国に1600店舗(「緑提灯でいっぱい」原稿執筆時2009年1月時点)を数えるようになった緑提灯店の何番目のお店だったかなんて今となってはたいしたことではない。提灯には星が書かれており、その数によって地場産品の使用割合が違うが、そんなこともこの際どうでも良い。もっと大切なことは、とにかく酒が美味く、一緒につまむ肴が美味く、飲兵衛を包んでくれる空気が、人々が心地良い。これでなくっちゃ、これこそがあの日思い描いた未来、今日この時だ。独りごとする私の目の前を杯は左右し、想いは今日もあの日の心象風景、明滅する蒼い光に吸い寄せられて行く。

 2004年4月、私は札幌市中央区南1条西5丁目にある「かきと旬鮮料理とおそばの店『開(ひらく)』」のカウンターにいた。オーナーの藤井茂樹氏を口説いて緑提灯第一号店を誕生させるためだ。藤井さんとは、前任地の北海道河西郡芽室町の居酒屋で偶然知り合った。カウンター8席、テーブル3卓で、昼間はラーメン屋、夜はマスター中島良雄氏の創作料理を肴に、夜な夜な地域の面白人種が怪気炎を上げる謎の店「洒楽(しゃらく)」(現在休業中)。集まる面子は、農家から街の商店主、役場、農協の面々、変わり種としては私の様な研究者やプロのミュージシャンまで実に多様性に富んでいる。結果として飛び交う話題も、北海道農業の後継者問題から食料安全保障、町興しのためのチャリティーコンサート企画、ぐっと柔らかくなって贔屓のミュージシャン、アイドル、タレントの裏話まで、実に雑多で豊穣。私はその店のカウンターで藤井氏と同席する内、お互いの仕事や、趣味の話をし、カラオケを一緒に歌う仲となった。彼はあの「アンパンマン」を彷彿とさせる温厚な風貌からは想像も出来ないが意外にも元々不動産のセールスマン、それも頭に「猛烈」の冠を架される程のスーパー営業マン。それがふとした切掛けで牡蠣料理屋を開業することとなり、「どうせやるならとことん!」と持ち前の猛烈精神から、あっさり不動産屋を退職、北海道の東の玄関口釧路市から更に東にある厚岸(あっけし)町の牡蠣養殖漁師に弟子入りし、約八ヶ月間、実際に北の潮風に吹かれながら栽培漁業の経験を積んだという猛者。私がお会いした時は、「牡蠣の次は蕎麦」と、近くの蕎麦名人に弟子入りしている最中だった。そんなある日の夜更け、杯を重ねるうち、ふと彼の口から告げられたのが「私の上さんが札幌で牡蠣の料理屋をやってまして・・・」の一言だった。

 それから半年後、そんなことなどとうに忘れた頃、出張で訪れた札幌で友人に誘われとある牡蠣料理屋に行くことになった。お店は地下にあり、重めのガラス戸を開けると、座敷もカウンターもほぼ立錐の余地もない。美味しいものを食べた人間のみがし得るあの満足しきった顔が並んでいた。辛うじて、カウンターの端の席を確保し、評判(友人によると)通りの新鮮な北海の海の幸を頂いての帰り間際、彼のあの一言が不意に蘇ったのだ。帳場に立つ女将さんに、「ところでこの辺りに藤井さんという牡蠣料理のお店がありますか?」と訊いた答えが、「私、藤井でございます」だった。人の縁とは異なもの粋なものである。この藤井さんのお店が、後(約1年後の2005年4月)に緑提灯第1号店(開の小樽支店「おいーっす開」:図1)となり、藤井さんと出会った店「洒楽」が第2号店となる。

図1 緑提灯第1号店「おいーっす開」、ご主人の藤井さんと独自の緑提灯 2005年4月
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